医療機関や福祉施設の『減災』についてご紹介するシリーズです。今回は『人工透析』『慢性維持透析』『血液透析』にフォーカスします。

血液透析の特徴
1854年にスコットランドの科学者であるトーマス・グラハムが透析膜を発見したことが『透析』の始まりです。1914年には血液透析による人工腎臓が開発されています。
日本では1967年のMILTON ROY社製人工腎臓装置の納入から血液透析療法が始まったと言われています。
1970年の透析患者数は949人、装置台数606台でしたが1980年には36,397人・18,963台にまで増加しています。
2021年に慢性透析患者数は349,700人で最多を記録、人口100万対でも2,786.4人で最多を記録しました。翌年より減少し始めています。
2023年末の慢性透析患者数は343,508人、うち332,923人が血液透析です。腹膜透析のみの患者は8,358人です。
夜間透析患者は29,944人、在宅血液透析患者は799人であり、大多数が日中に透析施設で治療を受けていると考えられます。
週3回、月水金クールか火木土クールの二手に分かれているとすれば、単純計算では日曜日以外は1日17万人が慢性血液透析を受けていることになります。
1日あたりの診療材料の消費量をみると透析針35万本、血液回路17万本、人工腎臓(ダイアライザ)17万本、綿球や絆創膏なども数十万個消費します。
透析液量500mL/min、1回240分として約120リットルの水、1日17万人で2万トン以上の水を消費します。RO水製造過程で何割かの水が捨てられ、透析装置や配管の消毒・洗浄にも水が使われるので、更に数千トンの水を消費していると考えられます。
ベッドサイドコンソールは10A近い電流が流れますので100Vなら1,000W、4時間で4kWhです。1日17万人で68万kWhの電力を消費します。RO水製造や透析液供給装置など共用設備も電力を消費するため消費電力は更に上乗せされます。
ベッドサイドコンソールは150,354台、全国の同時透析能力は146,198人分あります。非常時において1日4クール施行すると584,792人分の施行能力があることになります。同時透析85,877人分を4クール施行すれば343,508人分になるので、全国での透析能力喪失が4割に達しても、患者を振り分けることができれば1日で全患者に透析を施行できる計算です。患者は毎日透析するわけではないので、患者の振り分けができればベッドサイドコンソールが半数喪失しても国内での透析は維持できる可能性があります。

【参考】日機装:1969年 日本初の「人工腎臓装置」の開発に成功
【参考】日本透析医学会:わが国の慢性透析療法の現況
脅威
透析療法には、専用の装置、専用の人工臓器(ダイアライザ)、専用の診療材料が必要になります。専用装置のエネルギー源は電力、血液透析の原理には水が欠かせません。大量の水を使うため透析施設の多くに揚水ポンプや増圧ポンプが設置されています。
電力、水、装置、材料のいずれかが欠けるだけでも正常な血液透析は施行できません。すなわち、欠損や枯渇は脅威です。
患者とスタッフが揃うことで血液透析は施行されます。いずれかが欠けることも脅威です。
時間も重要になります。健常者であれば腎臓が常に稼働できる状態にあり、1日に数回のおしっこで排泄できるものが、腎不全患者は2~3日に1回、血液を介して排泄することになります。金曜昼に血液透析を終えた人は月曜朝までの70時間近く、毒素を身体に溜めた状態ですが、予定通りに透析が施行されなければ毒素は持ち越された上に、体内から新たな毒素も発生して蓄積量は増加する一方です。
透析が施行されない時間が長引けば、尿毒症や溢水などの症状を来す患者が増加します。時間は脅威になり得ます。
自院での透析施行が不可能であると判断するまでの時間、その後の支援透析の調整にかかる時間が透析患者を脅かすため、ロジスティックスの停滞も脅威となり得ます。

減災の焦点
血液透析の減災は、平時からの綿密な計画と備蓄、非常時の迅速な判断と行動が重要になると考えます。
どの程度の被災であれば自院で透析を施行するのか、どの程度のダメージで支援透析に踏み切るのか方針を掲げる必要があり、そのためには自院の状況を判断する必要があります。
時間が脅威となるため、発災後の判断は急がれます。
自院の経済的損失が大きければ災害からの復旧・復興とは反して、廃業への道を模索することにもなるため、安易に支援透析は選択できませんが、建物や設備の損傷が激しければ再建も容易なことではありません。
発災当日は休診とする計画、再開初日は2日分の透析を施行しようとする場合、スタッフと患者のスケジュール調整が必要になります。ここでも時間が要素として現れます。
水、電力、診療材料などは投じた費用に応じて強化されますので、モノに関する減災は費用対効果が自明です。
一方で、ヒトや時間に関する対応は、費用対効果が表れにくい部分もあるため、付け焼刃のような対策では減災になりづらいです。

減災実務(想定)
弊社では、タイムラインの策定から始めます。
最悪の場合、被災していない遠隔地での支援透析に依存できるように、タイムリミットを推定します。
他院に患者を預けるための労力は大きい割に、診療を行った施設が診療報酬を請求するので、送り出した被災医療機関は売上がゼロとなる可能性があるため、経営的にはダメージが大きいと思います。経営面は減災になりませんが、生命や健康については減災になると思います。

透析施行に必要な水、電気、モノ、ヒトをいかにして揃えられるのかが減災に直結するため、これらの備蓄や代替などを熟考します。
水は貯める、運ぶ、つくるのいずれかの方法で調達するか、使わないという選択を迫られます。
電気は貯める、つくるのいずれかが主な方法になりますが、治療設備は消費電力が大きいため発電が優先的に選択されると思います。サーバなどは蓄電池でも対応できます。


診療材料や医薬品などは、数日先の分まで在庫している施設が多く、販社もある程度の在庫を抱えている可能性があるため、在庫での対応が選択されると考えられます。適正在庫について検討することで、減災性が高まります。
ヒトについては、職員の参集確認と、患者の来院確認を自動化、並行して調査できるようにします。簡単なアンケートフォームで作られた集計システムで確認を自動化できます。
建物や設備が無事でもスタッフが居なければ施行困難、患者がほとんど居ないならば他院に依存した方がリーズナブルであると考えると、ヒトの把握は1分でも早く済ませられるように環境整備しておくことが減災につながります。

【参考】NES:透析施設のBCP実現可能性を高める脅威同定とタイムラインの開発
【参考】NES:休診しない医療BCPの実践性向上を目指した職員参集・患者来院機能を具備する医療用安否確認システムの開発
【参考】NES:普及・社会実装を目指した安否確認システムの無償提供を開始
研修・訓練
医療機関やエッセンシャルビジネスに共通して行うべき教育研修メニューを用意しております。
透析施設に特化した図上演習のシナリオなど、専門的な研修や訓練にも対応します。土砂災害が起きるとどうなるのか、そのとき職員は何をすべきなのか、その行動に必要なツールやスキルは在るのか、座学だけでなく図上演習や実地訓練を通じて院内実装しています。
慢性維持透析を専門とするクリニックの多くが、24時間稼働ではない外来診療所です。スタッフ不在の時間帯に発災することもあります。時間帯や曜日による人員配置の差が大きいため、同じシーンでも時相を変えるだけ対応が激変します。
透析施設の技士長も経験しているため、豊富なシナリオで貴院の研修や訓練をお手伝いします。

実務経験とコンサルティング
弊社代表(西謙一)は、病院での勤務経験があります。
外来の慢性透析患者が400人を超える施設で、技士長をしていた経験もあり、血液透析については実務経験者として対応しています。
最近も、透析の減災を話題とした学会発表をしており、近畿臨床工学会ではBest Presentation Awardにノミネートされました。
透析施設のBCP・BCMのコンサルティングは、弊社が得意とする分野の1つです。

ご用命ください
弊社では医療機関や福祉施設などのエッセンシャルビジネス向けの減災コンサルティングサービスを提供しています。
補償金などカネで解決することが難しい、生命や健康、倫理など特殊事情に関わる現場に特化した、専門的なコンサルティングを展開しています。
コンサルタントには臨床経験があります。ある程度は医療用語が理解でき、実務が想像できます。実際、共感を得るような刺さる提案にご好評いただいております。
これまでに国公立病院、民間病院、災害拠点病院、ケアミックス病院、介護医療院など様々なタイプの医療機関で減災のお手伝いをして参りました。社会福祉協議会や訪問看護ステーション、医療的ケア児・者の患家などにも対応しております。
減災について、弊社には独自のノウハウがあります。
