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医療機関の電波安全 | NES’s blog

 医療機関では様々な電子機器を使用します。この中には強い電波や特定周波数の電波に弱い物も存在します。

 また、医療機器自体が電波を利用する物もあります。医用テレメーターと呼ばれる心電図などのバイタルサインを電波で飛ばす仕組みは古くから用いられています。特殊なところでは電気メスも電磁波を利用している物があります。

 医療機関では患者の生命や健康を扱っており、電波(電磁波)が悪い方向へ作用しないように注意が必要です。

 この分野には小野哲章先生や加納隆先生ら臨床工学技士に所縁にある先生方が様々な研究を行い、安全に向けた啓発をされてきました。

 先月末、新たな手引書が公開されたのでご紹介します。




安全に電波を利用するための三原則

原則1 電波を利用している現状や発生しうるリスクと対策の把握

 どこでどのような電波利用機器を使っているのか、それらの電波利用機器ではどのようなトラブルが発生しうるのか、また、トラブルの予防策や解決策はどのようなものがあるのか、といった点を関係者が把握。

原則2 電波を管理する体制の構築

 医療機関内で各部門が個別に電波利用機器を管理するだけではなく、管理情報を部門横断的に共有する体制を構築。

原則3 電波を利用するための対策の検討と実施

 原則1と原則2の実施状況を踏まえ、電波利用機器調達時~機器運用時~トラブル発生時に必要となる対策を検討し、必要に応じて実施。




医療機関で電波を安全に利用するための取組概要

原則1 電波を利用している現状や発生しうるリスクと対策の把握

◇医療機関内の各部署で電波利用機器の管理とリスト化
◇電波利用環境の調査
◇電波利用に伴う潜在的なリスクの確認
◇リスク低減方法と影響発生時の対策方法の確認

原則2 電波を管理する体制の構築

◇各部門における電波管理担当者の確保
◇電波利用安全管理委員会や窓口(電波利用コーディネータ)の設置
◇機器等調達時の連携体制
◇電波利用ルールの策定
◇リテラシーの向上
◇役割分担と責任の明確化

原則3 電波を利用するための対策の検討と実施

◇機器の調達時、メンテナンス等実施時、トラブル発生時のそれぞれで電波を安全に利用するための対策の検討と実施




医療機関において安心・安全に電波を利用するための手引き(改定版)

 電波環境協議会とは電波を利用する関係団体で構成された『不要電波による障害を防止し除去するための対策を協議する』協議会です。

 その中に医療機関向けの活動があり、今回の手引書公開に至っています。

 この手引書公開は総務省のホームページでも報道発表として総合通信基盤局から公表されています。国家機関からの発表資料ですので、相応に信頼できると思います。

 手引書の目次は以下のようになっています。


1. 手引きの位置付け
 1-1. 目的
 1-2. 手引きの対象者

2. 手引きのポイント
 2-1. 医療機関で電波を利用する際に生じるトラブル事例
 2-2. 電波利用に関する問題の主な課題
 2-3. 安心・安全に電波を利用するための3原則
 2-4. 医療機関で電波を安全に利用するための取組概要
  1)電波利用状況の把握とリスク対策
  2)電波管理のための体制構築
  3)電波を利用するための検討と実施

3. 電波を利用している現状や発生しうるリスクと対策の把握
 3-1. 医療機関における電波利用の例
 3-2. 医用テレメータ
  1)システムの概要
  2)無線チャネルの確認
  3)医用テレメータの電波環境の測定方法(簡易な方法)
  4)医用テレメータのトラブル事例
  5)医療機関における対応策
  6)医用テレメータ製造販売業者における留意事項
 3-3. 無線LAN
  1)システムの概要
  2)無線チャネルの確認
  3)無線LANの電波環境の測定方法(簡易な方法)
  4)無線LANのトラブル事例
  5)医療機関における対応策
  6)無線LANネットワーク整備・保守事業者における留意事項
 3-4. 携帯電話
  1)システムの概要
  2)無線チャネルの確認
  3)携帯電話の電波環境の確認方法(簡易な方法)
  4)携帯電話に関する課題
  5)医療機関における対応策
  6)携帯電話事業者における留意事項
3-5. その他の機器について
  1)微弱無線設備
  2)小電力無線局
  3)高周波利用設備
  4)RFID
  5)トランシーバ
  6)PHS・次世代自営無線

4. 医療機関において電波を管理する体制等の整備
 4-1. 医療機関の各部門における電波管理担当者の確保
 4-2. 電波利用安全管理委員会や窓口(電波利用コーディネータ)の設置
 4-3. 医用電気機器、情報機器・各種設備・サービス調達時の連携体制の構築
 4-4. 電波の安全利用に関するルールの策定
 4-5. 電波管理に関するリテラシー向上
 4-6. 関係機関との役割分担と責任の明確化

5. 困ったときは

6. 今後の検討予定事項と本手引きへの反映
 参考1 電波について
 参考2 離隔距離について
  1)離隔距離の設定に関する参考情報
  2)医用電気機器のEMC規格に基づく離隔距離について
参考3 電波環境の測定方法(高度な方法)
  1)電気電子機器からの不要電波
  2)医用テレメータ
  3)無線LAN
  4)携帯電話
  5)次世代PHS(sXGP方式)
参考4 医療機関の建築物の特殊性
参考5 よくある質問と回答(Q&A)
  1)医用テレメータ
  2)無線LAN
  3)携帯電話
  4)その他
参考6 安心・安全な電波利用のためのエリア別の対策実施例
参考7 電波環境協議会の公開資料及び医療機関アンケート調査

[Link] 電波環境協議会: 「医療機関において安心・安全に電波を利用するための手引き(改定版)」等の公表について(2021年7月30日)

[Link] 総務省: 「医療機関において安心・安全に電波を利用するための手引き(改定版)」等の公表




パブコメ

 今回の手引書改訂版の公開前に、パブリックコメントの募集がありました。

 1つずつ丁寧に回答が示されています。

[Link] 「医療機関において安心・安全に電波を利用するための手引き(改定版)」等の内容充実のための意見募集に対して提出されたご意見とそれに対する考え方(案)




エッセンス版

 手引書は100ページ超えの超大作という感じですが、A4判1枚で紹介するエッセンス版が同時発行されています。

 チェックポイントが示されているので、院内に掲示して啓発するのに役立ちそうです。

 たぶん印刷を意識して、高画質の物を用意して下さっています。

[Link] 電波環境協議会: 医療機関において安心・安全に電波を利用するための手引き エッセンス版 (2021年7月改定版)




安全が目的、危険なら使わない

 手引書改訂前に行われたアンケート調査でも明らかになっていましたが、今後の電波利用に関する拡大は期待され、特にコロナの影響を受けてオンライン面会は普及すると考えられます。

 医療機関でも無線LANの導入が広がり、携帯電話の位置づけも単に連絡手段という物から変わってきているので、安全が確保されるのであれば使用が広がると思います。

 一方で、医療機関は診療の場であり、診療上の必要性が低いものを、患者に危険を近づけてまで実施する事は考えられません。ナースコールが無線化されない理由も、このあたりにあります。

病院で多用される無線式バイタルサインモニタ
飲食店で多用される呼出システム

 例えば、『ナースコール通話中に心電図モニタが途切れる事はありますが、患者が売店に居ても通話できるので便利です』という商品があったとしても、採用する医療機関は稀だと思います。
 会話ができている患者の心電図は遮断されても致死的ではないと思いますが、他の患者への影響が懸念されます。
 致死的不整脈が出ている患者のモニタが途絶え、気づいた時には手遅れであったという事は許容しがたい事象です。

 このテレメーターの問題については以前、高市早苗さんが総務大臣であったときに調査を実施しました。

 その時に作成した手引書を大臣に手渡していたのが臨床工学技士の加納隆先生です。
 たまたま、ニュースを見ていたら知った顔が映っているなと思って写真に撮りました。これが2016年4月です。

 高市大臣が危惧したのは、電波切れで心電図がナースステーションに届いていないという事実を、私的に見舞いに行った病院で知った事がきっかけでした。
 電波切れの状態を看護師さんが『よくあること』と言っていた事が恐ろしく感じたそうです。
 大臣は奈良選出、奈良県臨床工学技士会の方々は自分の病院ではないかと冷や汗をかいたと言っていました。

 医療事故調が入るほどの大事件になる前に、改善が進められているようですので良かったです。


 本題とはずれますが、このアンケートが秀逸だなと感じたのが調査対象施設です。
 よくある調査では大病院の意見に引っ張られてしまうのですが、この調査では200床未満が3分の2を占めるようになっています。病院と呼ばれる施設の6割は200床未満ですので、現実に沿った調査であると考えられます。

[Link] 電波環境協議会: 2020年度医療機関における適正な電波利用推進に関する調査の結果 病院編

[Link] 電波環境協議会: 2020年度医療機関における適正な電波利用推進に関する調査の結果 有床診療所編




街中の危険

 手引書の『参考2 離隔距離について』をご覧いただくと詳しく書かれていますが、心臓ペースメーカーのように患者を治療しながら街中へ持ち出される医療機器については、医療機関内での電波対策とは異なる注意が必要です。

 携帯電話が普及した頃、ペースメーカーの近くで使うと危険であるという啓発が行われました。
 技術の進歩や携帯電話の普及に伴い、エリアを分ける事で対応する流れになりました。

 電車の中では『優先座席付近や混雑した車内では電源をお切りください』といったアナウンスが流れるようになり、空いている普通席であれば堂々とスマホを触れます。

 院内でも待合室などで『携帯電話使用可能エリア』などの看板を大きく掲げる事で、ペースメーカーなどを持っている(植え込んでいる)患者に暗に近づかないように注意喚起しています。

 実は携帯電話はさほど危険でないことが分かっていますが、社会に根付いた配慮ですので、これはしばらく続くでしょう。

 その後、新たに危険が見つかったのが万引き防止用のゲートでした。
 CDショップやアパレルなどでよく見かけますが、出入口に立てられたゲートで商品タグを検出するという物です。このゲートが発する電波によってペースメーカーが誤作動する可能性があるため、現在では『店員にお声掛けください』などのステッカーが貼ってあると思います。

 最近の事例では電気自動車の充電器から出る電磁波が危険では無いかとの報告があります。
 短時間で大容量のエネルギーを移しますので、電磁波も相応に発せられます。急速充電器は三相200V(交流)を直流500Vに変換しますので、この変圧器や変流器などの装置類から電磁波が漏れ出ています。

[Link] 総務省: 電波の植込み型医療機器及び在宅医療機器等への影響に関する調査報告書

[Link] NTT DoCoMo: 携帯電話・スマートフォンの発する電波に関する医療機器への電磁干渉調査, NTT DOCOMOテクニカル・ジャーナル, Vol. 26 No.2 pp.56-61(2018年7月)

[Link] 総務省: 電波の医用機器等への影響に関する調査結果(平成16年6月18日)

[Link] ANA: 心臓ペースメーカーや、金属製の固定具がお体に入ったお客様

[Link] 一般社団法人次世代自動車振興センター: 普通充電器と急速充電器




危険に曝されても安全

 心臓ペースメーカーを植込まれている人にとって不安が広がる世の中かと思われそうな電波状況ですが、致死的なダメージを受ける事は少ないと考えても良いかと思います。

 ペースメーカーには自己防衛的な安全機構が備わっており、外から強い電波を受けて記憶装置にダメージを受けた場合、自動的にリセットされてペーシングを続けます。
 仮に心拍数を毎分80回に設定してあったとして、ダメージを受けたらリセットされて毎分60回になってしまうが、電気刺激は続けるという機能です。細かい事を言うと心臓を刺激する電圧や時間などもリセットされます。

 ペースメーカー外来で気づくことが多いのですが、IoTの時代ですので、今後はイベントが起こった直後から把握ができるようになると思います。

 安全性は確保されているものの、常時電磁波の危険と隣り合わせとなる職業に就き続ける事は難しいと思います。




院内安全管理体制

 医療機関には電波を管理する部署が無いと言っても過言ではないと思います。

 医用テレメータはME部、PHSの管理は総務部、無線LANは情報システム部とそれぞれに管理され、その管理対象はチャネル等であって周波数や電波干渉などは対象としていません。
 また、患者やスタッフが持ち込む携帯電話は管理者不在、門前に待つタクシーの無線なども院内には管理者不在です。

 さらに、近くに病院がある場合には医用テレメータや医用PHSなどのチャネル(周波数)が干渉する恐れがあり、病院間の協議が必要な場合がありますが、互いに管理者不在で話に進展がないという事も少なくありません。

 手引書では『電波利用安全管理委員会』の構成例を示しています。

◇医用電気機器管理者(調達部門・保守部門、医療機器管理部門、医用テレメータの無線チャネル管理者等)
◇電波利用機器管理者(無線LAN等を運用する医療情報部門、医用テレメータの無線チャネル管理者、施設管理部門等)
◇外部の管理事業者の管理部門(財務・総務等)



ワンストップ窓口『電波利用コーディネータ』

 『電波といえば○○さん』と院内でコントロールできる司令塔のような人が居ると管理がスムースです。

 何かの有資格者と言うよりは、院内で横断的に活動できるオールラウンダー的な人材が有用だと思います。
 また、医療安全に熱意があり、臨床をわかっている人が適任であると考えられます。

 臨床工学技士は適任者のひとつの職種であると考えられますが、臨床工学技士を常勤配置し診療報酬『医療機器安全管理料I』の算定届出をしている施設は3千程しかなく、残る5千程の病院には臨床工学技士は不在であると考えられます。
 診療放射線技師を英訳すると”Radiologist”や”Radiographer”、”Radiological Technologists”ですが、共通して”radio”が入っています。無線に詳しいかわかりませんが、管理者として候補できる職種であると考えられます。

 オールラウンダーとしては看護師に優る職種は無いと思います。どこの部署にも関与していますので、電波環境に関心を持つ看護師さんが居れば、電波利用コーディネーターの適任者だと思います。




院内セミナー

 医療安全研修などのテーマとして電波利用を取り上げてみてはいかがでしょうか。

 視点としては『電波が使えないとき』が良いかなと思います。医用テレメータや院内PHSが使えない時、業務にどのような支障があるのかを知ってもらう事が身近だと思います。

 電波利用を阻害する要因に何があるのかを知る事で、注意すべき点が院内で共有できると思います。

 付随情報として、ペースメーカーなど治療器への影響なども知ってもらう事で、スタッフのリテラシーを高める事ができると思います。

 当社では、電波環境に詳しい医療従事者や研究者と連携し、院内のリテラシー向上のお手伝いをしています。

 ご要望があれば、貴院の研修会等に先生方をご案内する事も可能ですので、お気軽にお問合せ下さい。

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