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水害BCP | NES’s blog

 日本で自然災害といえば地震をイメージされる方が少なく無いですが、東南アジア諸国では水害を恐れる方が多く居られます。

 阪神大震災や東日本大震災は追悼イベントの規模が大きく、教訓を忘れないように啓発も行われているので人々の意識に影響があると考えられます。

 近年は大規模水害も身近になってしまい、避難所の開設頻度も非常に多くなっています。
 2018年の台風21号、2019年の台風15号・19号は大きな爪痕を残しましたが、台風に限らず西日本豪雨(2018)や令和2年7月豪雨(2020)など線状降水帯が影響したと見られる水害も甚大な被害をもたらしています。

 水害は河川沿いでは無くても発生します。
 降水と排水の不均衡が生じれば道路が10cm程冠水する事は珍しくありません。店舗や倉庫が道路と同じ高さの場合がありますが、大事な商品が浸水被害を受ける事もあります。




水害BCP

 水害を想定したBCPはフェーズ(phase)がいくつかに分かれます。

 雨が急に降って来る訳ではなく、降雨後も被害が発生するまでに時間があります。
 洪水になった後は水が引くまでは復旧はできませんし、土砂が流れ込んだ場合は撤去に数週や数か月かかる事もあります。

 水害BCPでは被害最小化と早期復旧を計画します。




脅威

 水害BCPを策定するにあたり、まずは脅威を想定します。

 浸水による建物や設備の損傷は業務に支障があります。
 周辺道路の冠水も業務に支障があります。
 停電や断水も業務に支障があります。

 これら業務を阻害する要因もBCP上では想定します。
 大雨、暴風、洪水などが要因になるとすれば、暴風雨などをもたらす台風の進路などによって計画は実行に移されます。




発災前・被害最小化計画

 発災前の行動は水害BCPにとって重要です。多くの場合、災害は起こらずこの部分の計画が実行されるにとどまります。

 計画が実行に移される基準を検討します。
 気象警報の発令後では遅い場合もありますので、台風などの進路予想に基づき早めの行動が重要になります。

[Link] 気象庁: 気象警報・注意報の種類
[Link] 気象庁: 気象警報・注意報(現在)


 所在地のハザードマップを確認する事も欠かせません。
 地域で警戒すべき災害の種類や、どの河川からの影響を受けるのかなどが読み取れると思います。

 自治体発行のハザードマップではときどき、市外の色が塗られていない事がありますので、国土交通省のハザードマップを確認する事をお勧めします。

[Link] 国土交通省: ハザードマップポータルサイト


 被害最小化に向けた行動としては止水板や土嚢の準備、懐中電灯やヘルメットの再確認などがあります。

 このあたりまでは概ね企業にも医療機関にも共通します。

 医療用と産業用で対応が分かれるのが操業停止です。
 車や電車が動かなくなる前に従業員を帰宅される、被害を減らすため在庫を移動させたり入荷を減らすといった対応が取れる業種も少なくありません。
 しかし医療では、入院診療は止められませんし、外来診療もすべてが休診にできる訳でもありません。
 医薬品や診療材料入荷停止にも限界がありますし、入院患者を他院に移送のは容易な事ではありません。

 根本的な代替手段の有無が、計画に大きく影響します。




計画的操業停止

 鉄道や高速道路では計画的な停止が普遍化しています。

 抱えるリスクが異なるので全線停止ではなく、リスク分析して路線毎に判断するケースが多いようです。

 関西で言えばJR神戸線には並行して阪神電車と阪急電鉄が運行しています。大きな川に架かる橋の高さや、満潮時の水位が異なるため、同じ大雨でも対応が異なる事があります。

2019年台風15号による計画運休
2019年台風15号による計画運休(JR東)

 計画的な操業停止は顧客と従業員の双方への影響を最小化する狙いがあります。

 被災した場合には居合わせた人々の生命や健康に関する責任が発生します。安否確認が必要ですし、食事やトイレの提供も求められます。
 何事も無ければ顧客は売り上げに貢献してもらえるかもしれませんし、従業員に支払った賃金の分は仕事をしてくれます。
 操業停止となれば売上はゼロ、従業員は有給休暇のようなものですので、停止判断の時点でマイナスの数字が並びますが、支出が増える訳ではなく収入が消えるだけ、帳簿上はプラスマイナスゼロとなる場合が多いと思います。

 帰宅困難者を出すなど孤立が与える影響と、臨時休業などによる売り上げが蒸発するのでは、どちらが事業に与える影響が大きいのかを平時から検討し、BCPに反映することが重要です。

2018年台風21号
商業施設は計画的休業



サービス継続

 医療では容易にサービスを停止できない事情があり、特に入院診療を行う病院等ではサービス継続は不可避です。

 台風シーズンになると洪水への準備を進めますが、その前提として操業停止は考えられていません。

 例えば洪水で2階まで水が来る想定、道路が土砂や瓦礫で埋まる想定、停電が発生する想定などがある場合、患者を上階へ移動させ、3~4日は孤立しても生き延びられるようなBCPを策定するのが一般的です。

 流通や小売業界でも計画的な操業停止が積極的に進められるため、食糧や燃料などの調達は今後ますます困難になることが予想されます。


 医療では、人と場所が大きく関係します。
 その場所(病院)で、その人(医療従事者)が提供するサービスで無ければ成り立たないため、バスを仮店舗にして営業するという発想にはなかなか至りません。

 外来診療は救援隊が避難所で仮設診療所を運営してくれるかもしれませんが、入院患者のケアは自院の責務として継続計画の策定が求められます。




被災後の計画

 被災してしまった後の計画も、前述の操業停止か否かの影響が大きく出ます。

 1日でも早い復旧を目指すのか、サービス提供の継続を優先し復旧は二の次なのか、このあたりの想定を誤ると機能しない計画になります。

 現に洪水被害に遭っている最中は、用意したバリアを超えてこないように維持管理する計画を立てます。
 このとき、機材が無ければ自然の力には対抗できませんし、少なからず従業員を危険にさらす事になるので安全対策も怠れません。
 ヘルメットや安全帯を装着した上で土嚢や排水ポンプを使い被害最小化を目指すといった計画を立てます。


 医療では救助要請や進捗管理も重要です。
 計画上では患者を救い出してもらうのか、患者を動かさずに済むように資器材の救援を要請するのか、ある程度は計画しておきます。

 ヘリコプターを使って患者を移送するよりも、従業員を病院へ運んできて貰った方が効率的な場合があります。
 計画や訓練があれば、被災時にも動けるかもしれませんが、被災後の思い付きでは実践困難です。




復旧計画

 物理的な復旧作業として屋外と屋内に分けて考えます。

 屋外は敷地外・敷地内・建物に分けて考えます。

 敷地外については行政による復旧作業に依存する事になります。

 敷地内については、出入りに支障がない程度に瓦礫を除け、周辺道路を汚さないように泥などは洗い流します。
 このときに使うホースやブラシなどの資器材が足りず、充てる人数とのアンバランスが生じる事がありますので、備蓄とバランスの取れた計画を立てます。


 建物の扉や窓、外壁などは早めに洗い流します。
 特に雑菌や汚物の汚れ・臭いは早めの対処が必要です。
 水道水で洗い流した後で、スミチオンなどの消毒剤を散布して建物の衛生状態を守ります。
 この作業も資器材の有無で進捗が変わりますので、計画どおりに進めるための備蓄が必要になります。


 建物内部はゴミと再生可能品を分別し、清掃を進めます。
 早めに建築屋さんに来てもらい、被害状況を分析してもらいます。建物が鉄筋コンクリートでも壁は木造の場合があります。濡れた木材を壁で塞いでいてはいつまでも乾かず、腐り始める事もあるので、必要に応じて職員が壁を壊すという事も考えます。
 もし職員が壁を壊す作業をするのであれば、本来業務に戻れる日が遠のきますので、計画に含めておくと良いです。

 業務遂行に最低限必要な物は、洗って再利用すべきか、新たに調達すべきかも計画に入れておきます。
 企業であれば、操業停止7日までは取り戻せるが、8日以上になると事業継続に大きく影響するのであれば、7日以内の復旧に向けた費用負担を想定すべきです。




おわりに

 水害はハザードマップである程度の被害想定ができ、災害の到来もある程度は予測できるゆっくりとした災害です。
 その発生頻度は年々高まり、専用のBCPの必要性も高まっています。

 台風などは到来が予測できるため、計画的に操業停止するという選択ができ、公共交通機関では積極的に実施しています。

 他方、医療機関など停止できない事業では、孤立が強まる可能性が高まりました。

 暴風を伴う水害が多いため飛来物による停電も頻発し、信号機が消灯して救急車ですら移動困難な事も少なくありません。

 地震のように瞬時に大勢が負傷する災害とは違いますが、孤立しやすい災害ですのでBCPの重要性は高いと考えられます。




参考資料

国土交通省: 事業所の水害対策 事業継続計画(BCP)作成のすすめ

中小企業庁: 中小企業BCP策定運営指針 資料04 BCPの有無による緊急時対応シナリオ例 (4)製造業(水害)

内閣府(防災担当): 平成29年度 企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査(平成30年3月)




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