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記者発表のタイミングと見せ方(私見) | NES’s blog

 ここから車で20分ほど、県道42号線、通称尼宝線(あまほうせん)を北上したところにある宝塚大劇場が何度もニュースで見るこの頃、良くないニュースで取り上げられています。


 過日、急死した女性俳優の件について、調査チーム設置が報じされてから5週間ほど、法人が調査結果を携えて記者会見しました。


 ローカル局では非常に長い時間を割いて記者会見の様子を報じていました。

 東京キー局になると会見の様子は少なく、コメンテーターを称する方々の私見が並べられている印象でした。中には劇団OGと共演経験のある人も少なくないため、当たり障りのないコメントをしているように感じました。


 個人情報を含むため、すべてが公表される訳ではありませんが、一部は公式サイトにも掲載されています。

外部弁護士からなる調査チームの調査報告・提言を受けた宝塚歌劇団の今後の対応について



言い訳はしない方が良い

 記者会見をする際に、言い訳のようなものを前置きしてから事実に触れて、そして謝罪という流れをつくることがありますが、過去の炎上会見を見ても、この段取りは良くない気がします。

 先に事実を述べて、それをどうとらえるかは聞いている側の裁量に委ねる方が、意見の対立が少ない状態で聴いてもらえると思います。

 事実を述べた上で、発表者側がどのような見解を持っているのかを説明、あるいはその事実に至る経緯を説明すると、議論の余地が残ると思います。

 健康面に関する管理や配慮をもっとすべきであった。

 そういう点で安全配慮義務を十分に果たせていなかったと深く反省しております。

 過密なスケジュールにより追い詰められていた状況のなかで上級生から下級生への指導が、公演を安全に務める上で必要であったとは言え、それらが時間的に近接重複して起きたことで、故人にとっては大きな心理的負荷になったことと十分に考えられます。

劇団理事長発表

 上記の部分については『公演を安全に務める上で必要であったとは言え』の部分は、このときに言わない方が聞き手にとって受け入れやすかったのではないかと思います。

 この会見では故人に心理的負荷を与えたかどうかを調査した結果を述べるはずだったと思いますので『上級生から下級生への指導が故人にとっては大きな心理的負荷になったことと十分に考えられます。』と一旦区切って、その上で過密スケジュールについて申し添えると、事実として何があり、調査した結果はどうであったかわかると思います。

 そうなると『公演を安全に務める上で必要であったとは言え』の文言が加わってしまったことで、上級生が正当化しているのではないかという憶測が生まれ、いったい誰が安全のために下級生に厳しい指導をして良いと考えたのか、それが安全につながるという根拠は何なのか、といったことに話題が広がってしまうと思います。

 例えば、セットが倒れて怪我をする、舞台から転落して怪我をする、お客さんが殺到して雑踏事故につながる、といったことに対して講ずるべき安全対策について、下級生の失念や怠慢があったとすれば『人が死ぬかもしれないのだからしっかりしなさい』と叱責しても、それは理解できる部分があると思います。

 いったい、どのようなことが公演の安全に関わったのか、そこを深く説明しないと、ここは言い訳と捉えられてしまうかなと思いました。




伝聞?

 故人がイジメについて残したコメントやメモについて、それは故人に確認することができないので『伝聞』として、伝聞ゆえにそのような事実は無かったと結論づける発表をしてしまったのは、いかがなものかなと思いました。

 故人に対するいじめやハラスメントは確認できなかったとされており、例えば『嘘つき野郎』『やる気がない』といった発言の有無については、すべて伝聞情報であり、実際にそのような発言があったことは確認されておりません。

劇団理事長発表

 暴言を吐かれることを前提に、常に録音しておかなければ、加害者側だけに有利なことになってしまいます。

 パワハラは無かったとしたのは、上級生が『故意ではない』と言ったのでそう結論づけたとしていましたが、ヘアアイロンでヤケドしたのであれば、故意でなくても過失はあったので、まずはその事実に向き合うべきであったと思います。

 ヘアアイロンの件を目撃した他の劇団員はいなかった。

 当時のヒアリング報告メモによれば、両人とも少しやけどをしたことがあったが、故意ではない旨が記載されております。

 指導内容、方法については社会通念に照らして、不当では言えないという評価がこちらの出来事についてはなされております。

劇団理事発表

 先ほどは公演の安全と言っていた理事長が、次はヘアアイロンでのヤケドは日常的なので、問題ないと結論づけてしまったのが聞き手に不信感を与えたと思います。

 パワハラというものをどのように捉えているのか、おそらく『このくらいはパワハラではない』という基準が社会とズレているのではないかと思います。

 筆者も会社員時代、高熱で休んだ部下が上司から『俺は風邪をひかないし、休んだことはない』という叱責を受けていました。1回だけであれば、叱咤激励という見方もできるかもしれませんが、有給休暇を取るたびに嫌みを言われると、いよいよパワハラの疑いも持たれますが、それを相談する先の担当者が、この上司と同じ考えを持っていたので、結局は精神的に病んでしまうのは部下、その結果として組織の総合力は低下して組織に損害を与えていることになります。

 今回の劇団のケースでも、パワハラかどうかを考える人の価値観に左右されてしまっている可能性があります。
 記者会見に臨んだ人はすべて男性でした。この劇団は女性しか劇団員になれないので、現場を経験した人は1人も居ないことは自明です。




問責よりも再発防止

 今回の一件は、亡くなられた1人のケースについて責任をどうするかということだけではないと思います。

 個別のケースとしては、まずは事実関係を明らかにして、加害者が居るのであれば責任を問う事も必要だと思います。

 それとは別に、下級生時代に受けたイジメやパワハラの憂さ晴らしを、上級生になったときにしようと考える人が居ても不思議ではないので、全体を見直す必要があると思います。




ケース1として

 今回の調査報告の記者会見では、これがすべての調査結果であり、この結果を以って調査を終了するのではないかと思われてしまったと思います。

 劇団と上級生の責任を否定する方向に誘導している。

 この報告書の内容は失当である。間違いである。

 遺族側は納得する事はできず、劇団側がこのような調査報告書の内容の認定を前提とせずに、事実関係を再度検証し直すべきであると考えます。

 上級生のパワハラ行為を認定しないのは、一時代前の、まぁ二時代前のと言ってもいいかもしれません、価値観による思考と言わざるを得ません。

遺族代理人弁護士

 遺族側の会見のご意見はごもっともだと思います。世論はそちらに共感したのではないかと思います。パワハラを認めない方向で調査されたと思ってしまうのは遺族だけではないと思います。

 まずは調査の手法を詳細に説明し、その上での調査結果を報告する方法が良かったと思います。

 その上で、違う調査方法も検討する余地を示す方が良かったと思います。

 『今回は迅速対応するために行った調査であり、今後は時間をかけて別の方法で調査する』ということを最初に言えば、今回の調査はそんなもんか、という事で済んだと思います。

 次回の調査方法については、マスコミに後出しで揚げ足を取られないように『どのような調査方法があるか、マスコミの皆さんからもご意見をお聴きしたい』と言えば、調査の手法についてクレームが付きにくいかなと思います。




治験ナースのように

 治験に参加する被験者に対し、直接対応する看護師が居ます。

 治験コーディネーター(CRC)と呼ばれる看護師らは『いつでも治験から離脱できます』という声掛けをしながら、被験者さんの不安を取り除いて、かつ治験に必要な情報を引出します。

 この『聴く力』がある人がインタビュアーになり、また、インタビュイーの異変に気付く事ができるプロが調査に参加することで、新たな被害者を出さずに、課題を抽出し、組織の浄化につなげることができるのではないかと思います。

 ただし、そもそも組織が問題意識を持っていなければ、問題なかったという報告書が完成した時点でこの話題から離れてしまっているので、何を言っても仕方ありません。




課題解決は目標志向

 BCPのコンサルティングをする際に『GOA』という言葉を使います。

 Goal-oriented action、目標志向で行動しようという主旨でGOAを使います。

 例えば『津波が迫っているとき、赤信号を守りますか?』と問われて『信号無視する』と答える人が多いです。
 それはなぜかと考えると、生命危機を回避するという目標があるからだとわかります。

 すなわち、手段や工程よりも目標が重要であるということになります。

 今回のケースが『この問題から離れる』ことを上層部が目標としていたならば、1カ月で調査結果が出て、パワハラが無かったと結論づける報告書は、その目標に合致していると思います。弁護士ら外部人材を使って思い通りの結果を出したのであれば、すごい手腕です。

 一方で『パワハラを根絶する』ことが目標であったとすれば、そもそもパワハラとは何かを定義するところから入り、パワハラに至る要因を探り、その根を絶やすこと、根があっても実にならないように処理することが重要になります。

 BCPコンサルでは脅威分析と称して行っている方法ですが、今回のケースですと『叱責』は危害要因の一部になり得るものであり、叱責に至るまでには多くの危害因子が存在することになります。

 おそらく『安全のため』と言えば何でも許される風潮があったのではないかと思える部分があるので、安全とは何か、危険とは何かを定義するところから手を付ける必要があると思います。

 取締官ではなく、安全性を向上するための専門の安全管理者を配置することで、安全ではないことを見つけたら解決策を提案することができ、決められたルールを守らない人には指導するが、基本的には安全の方へ誘引する仕事をすることで、パワハラ的なことは減ると思います。

 安全を定義せず、上位の者の私見が基準となる、ある意味で独裁的な手法で管理されていると、ある上位者の指示で動いたことでも、他の上位者がノーと言えば誤ったことをした悪者になるのが、こうしたパワハラが起こりやすい環境に見られます。

 まずは正しい目標設定、そして適正なマネジメントやガバナンスを履行できる環境づくりが必要であると考えます。