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長期ブラックアウトと臨床工学技士 | NES’s blog

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侵攻・戦争

 ウクライナ侵攻による避難者は数千万人規模、失業者は数百万人規模と言われ、この記事を書いている時点ではまだ増える要素が残っています。

 チョルノービリ(チェルノブイリ)発電所(原子力発電所)は2022年2月にロシア軍の侵攻を受けました。
 他の発電所も攻撃や爆撃を受けたとの報道があります。

 軍事侵攻が起きれば、送電線網や通信網が破壊され、社会活動や経済活動が停滞する可能性があります。

【参考】日本経済新聞:チェルノブイリ原発、給電再開 隣国ベラルーシから(2022年3月11日)

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日本は島国

 ウクライナは欧州とも陸続きであり、今回の軍事侵攻では西側の国境付近は攻撃を受けていないことなどから、EUの電力供給網との連結に成功しました。
 個別の施設への送電線は破壊行為を受けているようですが、発電所を喪失することへのダメージ軽減は図られた模様です。

 欧州ではもともと、電力の輸出入が行われています。
 フランスではドイツやイタリアなど陸続きの国以外に、海を越えてイギリスにも輸出されています。

 この問題を考える時、日本は島国であるがゆえに、隣国からの電力供給は現実的ではありません。

 福岡⇔釜山(韓国)は高速船で3時間40分、比較的近い海外ですが、距離は200km以上あります。まっすぐにピンと張った電線でも200km必要です。
 福島県広野町の火力発電所から東京駅までが直線距離で200km程ですので、日本と韓国の間を送電すること自体が無理な距離ではありませんが、海を経るルートゆえに送電線の敷設には相応に時間がかかります。
 また、相手国があってのことですので、そもそも発電量に余力がなければ輸出もできません。

 輸入ができない、国内での供給力に余力がないという日本では、主要な発電所が制圧されることで、電力事情は簡単に破綻してしまう可能性があります。

【参考】時事通信:ウクライナ、EUと電力網連結 ロシアから切り替え、連帯強調(2022年3月17日)

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電力逼迫状態

 平時であるいま、日本の電力事情はどうかというと『逼迫』状態に近いです。

 何もない平日でも電力使用率は80%台、東京電力管内では90%近いこともあります。

 点検整備で休止中の発電所もあるので供給力に余力があるかもしれませんが、原子力発電所の廃炉に伴う供給力減を補うほどの発電所は建設されていないので、十分な余力があるとは言えません。

【参考】国立情報学研究所:電力会社・電力使用状況(電力需給)グラフ

【参考】東京電力パワーグリッド:でんき予報

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軍事侵攻が無くても発電所は破壊

 ウクライナのニュースに印象付けられ軍事侵攻の恐ろしさを肌身で感じやすくはなっていますが、日本が軍事侵攻を受ける可能性は高くもなく、低くもなくといったところだと思います。

 政治や外交による抑止の可能性がある分野です。

 一方で自然災害はどのようにもし難い問題です。

 2022年3月16日、福島・宮城で震度6強の地震があり、数百万軒が停電しました。

 福島県の新地発電所(石炭)は本体および揚炭機などが損壊し停止しました。
 同様に原町火力発電所、新仙台火力発電所、広野火力発電所など大規模な火力発電所で発電機が数週間~数か月停止しました。

 東日本大震災のような津波被害ではなく、地震動による設備の損壊しました。また、損壊まで至らずとも安全性の点検に時間を要しました。

【参考】第71回調整力及び需給バランス評価等に関する委員会:福島県沖の地震(2022年3月16日)により停止中の発電機の状況について(2022年3月22日)

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数週間の大規模停電を想定すべき

 これまで日本では計画停電として数時間の大規模停電、震災や暴風雪などによる3日程度の大規模停電は経験してきました。一部地域では1週間や10日停電することもありましたが、少し移動すれば電力供給地域があり、全国からの救援もあり復電の見通しが立ちやすかったです。

 しかしながら、需要が増える真夏や真冬に、供給源となる発電所が何らかの事情で使えなくなると、ブラックアウトを避けるために臨時の計画停電が実施される可能性があります。

 それが半日程度であれば我慢で済むかもしれませんが、数日続くと我慢のレベルを超えてきます。

 発電所が大きなダメージを負うと、数日どころの話ではなくなります。
 2022年3月の地震では出力100万kW規模の発電所を含め複数が停止しました。
 この状態で広野火力発電所と同じ太平洋側にある鹿島火力発電所(566万kW)や常陸那珂火力発電所(200万kW)などが何らかの原因で供給を停止すれば停電の規模は相当に大きかったと思います。
 また、千葉県の東京湾沿いに集まる千葉火力発電所(438万kW)や富津火力発電所(516万kW)、袖ケ浦火力発電所(360万kW)、姉崎火力発電所(360万kW)などが一斉に停止するような事態が起これば、首都圏の電力事情は未曽有の事態を免れないと考えられます。

 損傷が少ない発電所であっても復旧には2~3週間、エンジニアの数は限られていると思いますので並行できる作業にも限りがあり、復旧は段階的に数か月を見込む必要があると思われます。

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電力の無い医療機関

 自家発電設備で100%の電力をまかなえる施設はごく稀だと思いますし、燃料費高騰の中では採算性にも課題があります。

 数週間電力供給が無いとわかっている状況において、医療機関はどのような対応をとるでしょうか。

 ICUやHCUなどリソースを多く必要とする医療の継続には不安があるため電力が安定供給されるエリアへ転院する可能性が高いと思います。

 必要とするリソースが少ない外来患者については、現地での診療継続は可能であると考えられます。電力を必要とする医療機器は超音波診断装置くらいという診療所も少なくありませんので、医師が居て、聴診器と血圧計が使えれば、ある程度の診察はできると考えられます。

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電力依存度の高い職種

 診療放射線技師が扱うレントゲン装置やMRI、PACSなどはいずれも電力が無ければ動きません。

 臨床検査技師が使う血液検査装置や心電計、超音波診断装置なども電力が無ければ動きません。
 一部の検査は電力が無くても顕微鏡など目視確認で出来ますが対応できる検体数は激減します。

 臨床工学技士も人工透析や人工心肺装置、内視鏡装置などを用いる治療現場では中止を余儀なくされると思います。
 人工呼吸器については簡単に離脱できないため他院搬送などで一時的に忙しくなる可能性があります。
 ME機器全般で見ると輸液ポンプ、ベッドサイドモニタ、吸引器などほとんどが電力依存する物であるため使用は中止されると考えられます。

 理学療法士や作業療法士は手足を動かして仕事をすることができるため、電力喪失後も臨床業務を継続できる可能性があります。電力依存ゼロの業務を計画(BCP)しておけば、非常時対応も円滑に進むと考えられます。

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戦力外か?

 電力が無ければ業務ができなくなる診療放射線技師、臨床検査技師、臨床工学技士は戦力外かと言えば、そうでもありません。

 専門領域を持つがゆえに、まずは代替手段の確立や提供で役立つことができます。
 これは震災等による一時的な停電の際にも役立つことですが、医師らが求めている結果に近づける手段を平時から探しておくことが重要になります。

 画像診断ができなくても聴診と触診を組み合わせて、ある程度の診断はできます。それには医師が必要になりますが、医師が効率よく診断できるようにサポートすることができます。
 このような場合に使える周波数特性の聴診器を備えておくことも専門職ならではの先回り策だと考えられます。

 電力さえあれば動かせるのであれば、電力を確保することも仕事の1つになると言えます。

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部署別・機器別の発電機

 弊社は電気工事業を持ちながらBCPコンサルティングを生業とするユニークな企業です。停電対策について独自の研究も多数実施してきました。

 その研究の中から、目的別の地産地消的な需給方法の確立について知見を得ています。

 エンジン式の発電機は10kWを境に有資格の管理者の選任が必要になりますので、最大8kW程で賄える範囲の需給計画を立てると管理がしやすくなります。

 例えば血液検査装置だけを動かしたければ、HONDAのENEPO(エネポ)というカセットガス式の1kW程の小型発電機でも十分です。検体をある程度集めて、一気に検査して休む、というような段取りは検査のプロが最適解を探すべきです。

 最大の8kW程の発電機があれば手術や透析も実施可能です。透析であれば4時間、手術であれば8時間くらいを1ユニットとして考え、使用する機材などから何人が並列実施できるのか、前準備や後処理などに必要な電力まで足りるのかなど、臨床工学技士がプランナーとなるのが自然だと思います。

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長期化すれば患者も雇用も移動

 大規模停電が長期化すれば、そこで生活を続けることが難しくなるため、電力供給が安定している地域への転居や避難が始まると考えられます。

 特に医療に近い健康弱者は、十分な医療を受けられるかわからない地域に留まることがリスクですし、119番通報も使えないかもしれない地域に居る不安感も募ります。

 患者がいなくなれば、医療の需給バランスは崩れ、雇用を減らすことに合理性が生まれます。
 他方、患者が急増した地域では雇用を増やさなければなりません。日本国内から患者が出て行く訳ではないため、国内での偏在が発生する可能性があります。

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電力価格は高騰の恐れ

 いまの日本では水も電気も簡単に手に入り、生活費に占める割合もさほど高くはありません。最近は『電気を止められた』という話も聴く事が少なくなりました。電気よりも贅沢な携帯電話が1人1台の時代となり通信費が負担できるので水道光熱費が払えないということも無いようです。

 日本では『新電力』と呼ばれる新興勢が安さを掲げて拡大しましたが燃料価格の高騰などを受けて撤退が増えています。
 撤退した企業と契約していた需要家は他社に乗り換えれば良いという単純なものではありません。
 新電力はどこも事情は同じ、電気を売るほど赤字なので新規契約を停止、既に撤退を検討している企業もあるようです。
 これまで電力会社として知られてきた発電事業者は、新電力に顧客を奪われたことで供給力を減らしており、大手電力との契約もできない可能性があります。

 燃料価格高騰が電力価格高騰に直結している現状を鑑みると、今後価格が上昇することは容易に想像できます。

 原子力発電所の廃炉が進み、火力発電所の割合が高まったことは日本が選択したことなので現実として受け入れることになります。
 火力は化石燃料で稼働しますが、そのほとんどが輸入に依存していますので、間接的に言えば電力は輸入依存です。
 国際情勢が悪化すれば輸入品は高騰しますし、関係国との間で摩擦が生じたり、輸送航路上に大きな障害が生じれば化石燃料の輸入自体が停止します。

 経済は需要と供給のバランスですので、需要過多となれば供給価格は高騰します。
 国際的な調達価格が安くても、日本に入って来る量が少なければ競争原理で国内価格は高騰します。

【参考】総務省統計局:家計調査

【参考】日本経済新聞:新電力撤退、混乱広がる 契約切り替え相次ぐ 北陸電、顧客引き受け停止(2022年3月30日)

【参考】日本経済新聞:「電力難民」企業4000件超 新電力撤退で大手保障に殺到(2022年4月21日)

【参考】日本卸電力取引所:取引情報

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電力が『高嶺の花』になれば

 外来で行われる慢性維持透析透析は1回あたり2万円程度の診療報酬、経費は診療材料、薬剤、装置、家賃、人件費などがかかり、法人の利益はさほど大きくありません。
 治療時間は4時間前後、透析装置の消費電力を1kWとすると4kWh消費することになります。透析液の製造や空調、ベッド、エレベーターなど全体で案分される電力も合わせれば消費量は更に増えますので6~7kWh程度になるとした場合、電気代を30円/kWhで計算すると1治療あたり200円前後となります。
 仮に透析の利益率が10%、2,000円だったとした場合、電気代が1,000円上昇すれば利益は半減することになります。

 医療機関の利益が半減しても、赤字でなければ提供することは可能です。
 これが逆転したとき、治療すればするほど赤字になるような状況では医療の提供は停止せざるを得ません。

 2020年春に個人防護具が品薄となった際、マスクの価格は5~10倍に跳ね上がりました。
 医療機関では利益を圧縮して診療に当たりましたが、手術用の防護具は商品自体が入手できないことから、手術を延期せざるを得なくなりました。

 医療界は基本的に真面目、社会的使命を背負っておられるので身を削ってでも医療の提供に努めることがCOVID-19でも実証されましたが、年単位で利益を圧縮し、ときには赤字になるほどに電力価格が高騰すれば、その医療提供体制にも不具合が生じる可能性があります。

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削られるサービス

 『自助』努力という言葉がありますが、電力が高嶺の花になった際には、まずは節電できる箇所を探す事になると思います。

 医療機関では全職員をあげて節電に取り組まなければ、自らの給与やボーナスにも影響を及ぼすほどの事態にもなりかねません。

 暖房便座の廃止、照明の間引き点灯などはよくある節電策です。

 エレベーターは廃止できませんが、1回あたりの乗車人数を最大化、人数が揃わないと動かないような仕組みになるかもしれません。

 空調は大きく見直される可能性があります。
 熱中症や低体温症になるほど空調を絞る事はないですが、夏はある程度の気温になるまでは使用を制限する事は想定されます。
 毎時100kWの電力消費がある空調設備では、単価30円/kWhなら毎時3,000円ですが、5倍になれば15,000円、24時間で288,000円もの差額、365日換算で1億円以上の差額になります。

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医用電子機器を使うことが特別化

 空調を絞るほどに電力が逼迫すれば、医用電子機器などと呼ばれる電力消費する医療機器を用いる臨床も特別なものになっていく可能性があります。

 もし、透析医療というものが今の10分の1にまで縮小されたらどうなるでしょうか。
 電力不足が深刻な上に医療費が逼迫したので仕方ないと国民が甘受したとき、透析実施回数が激減して施設数も激減することになります。
 透析医は他科に専門を移すでしょう。
 看護師も他の分野に身を移すでしょう。
 臨床工学技士は、移す先が限られているので失業者が出るか、低賃金で全員が生き残るか、いずれにしても原資は限られます。

 臨床工学技士が他の透析以外で働くとすれば集中治療室、手術室、内視鏡室などが想定されます。
 しかしながら、そちらでも電力が逼迫するので、業務縮小が考えられますので、この密接な関係は注視すべきです。

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電力に疎い?

 臨床工学技士の学会へ行っても、電力や電気設備に関するセッションは見当たりません。

 ときどき一般演題で触れられるくらいです。

 医療従事者を俯瞰したとき、厚生労働省系の国家資格の中で電気設備に近いところに居そうなのが診療放射線技師と臨床工学技士です。
 診療放射線技師は電力が無ければほぼ仕事もないというほど密接ですが、業務のエリアが放射線科に限られます。
 臨床工学技士のフィールドは院内全体、臨床工学技士自信が操作しない医療機器も管理対象ですので、そういう面では期待されてもおかしくない立場です。

 しかしながら、電気については疎い職種というのであれば、残念で仕方ありません。
 学会では取り扱われていなくても、おそらく知識は十分に備わっていると期待します。

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自動販売機は従量制

 建物内でも道路面でも、日本ではあちらこちらに自動販売機が設置されています。

 自動販売機は電力を消費するので、電気代が発生します。

 自動販売機をよくみると、上の方に電力量計(メーター)が付いていることがあります。
 これは、建物内で電源は分け与えられるものの、その料金は別途請求ということになっている場合です。

 これが医療機器にも適用されるような時代が来るかもしれません。

 保険医療として行為(技術料)や診療材料等は認められても、差額ベッドのように電気代は別途請求ということが混合診療に該当しなければ、現実的に起こり得ることです。

 入院したときにテレビや冷蔵庫を使用するには別料金がかかっています。それらの設備を維持する費用として徴収されていますが、電気代も含まれています。

 医療機器には電力量計が据え付けられ、使用前にリセットされて使用後に目盛を記録して請求する、という時代は否定できない事態になりつつあります。

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個別発電

 高額の電気を買うという選択が想定しやすいですが、個別に発電するということも考えられます。

 水道では、ダムが渇水警戒レベルになると節水の呼び掛けからだんだんと厳しくなり、取水制限がかかります。
 電力では計画停電として、エリアを分けて停電させることがあります。

 医療では、停電が許容できる時間に限りがあるので、復電後に生命維持を再開するという訳にはいきません。

 そうなると、ICUだけ別系統で電力を供給する、もっと細かく言うと人工呼吸器のためだけの電源を用意する、ということも考えられます。

 私たちはBCPの一環として8kVAの小出力発電機を推奨しています。なぜ小出力が良いかというと、2つ理由があります。
 1つは電気主任技術者を配置しなくて良いという点です。大きな装置になると選任しなければならないので経費がかかります。
 もう1つの理由は、小刻みな設備投資ができる点です。いきなり5千万円もする大型の発電設備を導入しようとすると、5千万円の資金調達が必要です。小出力発電機であれば月10万円くらいのメンテナンス付リースが組めるので、とりあえず1台から導入して、小刻みに増やしていくことができます。

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新しい技士業務

 前述のような個別発電機の敷設や電力量計の据え付けなどが行われると、それの管理者が必要になります。

 業務範疇としては電気工事士法に近い部分もありますが、用途が医療機器ですので、使用場面に電気工事士が関与するのも難しい話です。

 発電機を起動させ、電力量計をリセットしてME機器の始業前点検をする臨床工学技士業務というものが定着するかもしれません。

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需給同一化

 夢のような話ですが、発電しながら消費できれば電力の心配がありません。

 ソーラーカーがその構想には近いですが、昼間限定です。

 医療では24時間、365日、災害が起きても電力を使いたいので、それに対応できる電力源があると理想的です。
 いまは商用電源と蓄電池の組合せが一般的ですが、将来は発電機内蔵医療機器という物が出て来るかもしれません。